目下ヒダリ向き

毎日の事、仕事の事、いろいろ書きたい

夏といえばのアノ話

お久しぶりのブログです。皆様いかがお過ごしでしょうか。

Twitterに吹き荒れる「年金フザケンナ」のツイートを読みつつ、遠い目をしているヒダリです。

まぁ…もらえないというのは…私が学生の頃から言われていた話ではありますし…(遠い目)

なんとかかんとか自力を鍛えていくしかありませんな。

 

 

昨夜3時頃、「寝れない寝れない」と転がっていたうちのもう1人が、突然「お腹痛い」とトイレへ駆け込んだ。

うちのもう1人はお腹を壊しやすく、そのくせ寝苦しくなると掛け布団を吹っ飛ばしてしまう悪癖をもつ。まさしく布団が吹っ飛んだというやつで、何度かけ直してもダメ。暑いのであろうと掛け具合を調整するというカーチャンのようなかいがいしい努力も無駄。4回やってダメなら諦めるしかない。

もともと寝相最悪であり、こちらがうとうとしかかったタイミングで頭にエルボーを食らった涙は数知れず。

誰か寝相の治し方知りませんか。切実です。

 

まだ5月だというのに既に30度を超え始め、ちょっと時期考えよ?と虚空に向かって呟く日々。夜は締め切っているとじわじわと室温が上がり、かといって窓を開けっぱなしで寝るのも怖い。

冬生まれの私は暑さに弱く、戦う意思もなく早々にクーラーの電源を入れて拝み倒した。快適。

暦は関係ない。もはや夏。かき氷が美味しい季節。先日はそうめんを山のように茹でました。

うちのもう1人はさすが男子というべきか、麺類は特にドン引きするほど食べるので、クソ熱いガス台の前でアホほど茹でる。

その弊害というべきか、1人でいる時に「ちょっとパスタ茹でよ~」なんて思おうものなら把握している茹で量が一瞬でバグり、茹で上がるころには地獄のような麺が渦巻く事になる。何故パスタは茹でると増えるのか。勝手に増えないでほしい。

 

脱線しました。

そんな暑苦しい毎日を呪いながら、ふと、介護施設での「恐怖体験」的な思い出がよみがえった。夏と言えば怪談という安直なアレコレである。

うちのもう1人が帰宅するまで、つらつら綴ってみる事にする。

 

 

介護職をしていると言うと、聞かれる内容はたいてい決まってくる。

 

「しんどくない?」

しんどい

「何でそんな仕事してるの?」

しんどくても可愛い年寄りいっぱいおるし面白いんじゃ。

認知症の方と話すの楽しいんじゃ。しかし君ストレートに失礼だと思わんかね???

「年寄りの糞尿とか触れない」

触らなくてよろしい、私も素手で触ってはいない、投げられない限り。

 

大体こんな感じではあったが、意外と興味津々に聞かれるのが、

「怖い体験談とか聞かせて!」

である。やっぱり人間怖い話は大好きなんだなぁ…と聞かれるたび思う。

過去7~8年間の介護職の中で、言うほど多くの「遭遇」はなかった。はずだ。

 

 

私が人生最初に介護として入職したのは、とある療養型病院の1つである。地元としては大きな病院で、最初に建てられた病棟・精神病棟・老健と、同じ敷地に三つの建物が並んでいた。

今では特養やサ高住にも手を出しているらしいが、あの状態でどう運営しているのか…人手不足は世の常です。

私が配属されたのはそのうちの1つ、特殊疾患を主とする病棟。仮にA病棟としておこう。

A病棟は私が入職する前から、1番「出る」と評判だった。先に入職していた母からも聞いていた話だ。

 

 

私は昔から怪談や怖い話が苦手で、入職前は「夜勤なんてムリムリ暗い道だって怖いのにムリ」と思っていたものである。が、人間環境が変われば中身も変わるもの。

病院の夜勤は戦争だ。早番が来る朝までに、総勢50名のオムツ交換を2回、人によっては3回行う。夜勤介護は2人態勢だったので、手分けしても1人で60~80人のオムツ交換をしなければならない。開けては閉じ開けては閉じ、まるでオムツ版・賽の河原。

加えて、翌日の準備、朝食の準備、トイレ介助のコールにも対応しなければならない。

怖がってはいられないのだ。仕事が進まないし、何より眠らない認知症はコールをやたら鳴らす。ガンガン鳴らす。

怖くないのは、人の気配があるから、というのも理由の1つだったろう。

起きようと思って、ともぞもぞし始める年寄りを華麗に寝かしつけ、反対側の年寄りが起きそうになれば「起きるな起きるな」と念を送りながらソーッと病室から出ていく。

 

と、やっと落ち着いたころ、ナースコールが1つ鳴った。

ステーションにある停止ボタンを押すが、ここで私は首をひねった。

ありきたりな流れではあるが、今ナースコールが鳴っているベッド、数週間前すでに亡くなられて空きベッドであるはず。

鳴っているからには行かないわけにはいかず、機器の不調で勝手に鳴っているのだろうと考えた。もしくは、目を盗んでもぐりこんだ徘徊患者かもしれない。

ハーイ、と控えめに返事をしながら覗いてみるが、案の定誰もいない。ベッドは空のままだし、真新しいシーツはシワ1つない。

まぁナースコースもボロいから…と目を向けた時、もう一度首をひねった。

ない。ボタンはおろか、コードすら繋がっていない。

 

こういった、鳴るはずのないナースコールが鳴る、というのは良く聞く話である。場合によってはトイレの個室内で鳴る事もある。いつのまにトイレへ、と見に行くも、もちろん誰もいない。

最初こそ不気味に感じるものの、何度も何度も鳴らされると段々イライラしてくるのが人間である。夜勤中の介護士は猛獣と同じ。

4回目のコールを鳴らされた時、つい

「いつまで遊んでんの、はよ帰りなさい」

と言ってしまった。オバケに反応しちゃいけないんだっけ、と思いはしたが、その後ナースコールは一切鳴らなかった。

帰ってもいいといわれたから、おとなしく家へ帰ったのかもしれない。

 

 

また別の日は、病棟内のラウンド(見回り)をしていた時の事である。

余談だが、このラウンドの最中に年寄りが亡くなっているのを2回ほど発見したことがある。「あれ?動いてなくない?」からの「エッ息してない?」は、非常にキモが冷える瞬間の1つ。

病棟をぐるっと回り、患者を起こさないよう室内を見て回る。時々起きていた患者から声をかけられることがあるが、あれは本当にびっくりするから出来れば控えていただきたい。心臓に悪い。

その時通りがかった西側の病室で、ナースさんがタンの吸引をしていたのが視界の端に移った。その部屋は要観察の患者がいたため、部屋の電気はつけていた。

顔は見えなかったものの、真っ白い制服のスカートにナースシューズ、患者の上へ屈み込むその姿はナースのOさんだった。

「ああ、Oさん、●●さんの吸引してんのか…」と思いながら、あくびをかみ殺した時に気が付いた。

 

Oさん今日いねぇや

 

その間2秒ほどだったと思うが、後ろ向きのまま病室前まで戻ったとき、そこには誰もいなかった。

当日の夜勤ナースはNさんとSさんで、Oさんはそもそも出勤すらしていないし、時間も0時を過ぎようかというころ。

ごくり、と喉を鳴らしながら、私はそのあとずっと、ステーションで誰かにくっついて過ごした。私だけが怖いのは理不尽だ!とその時あったことを洗いざらいしゃべったら、Nさんに「やめてよコワイ!」と怒られた。理不尽である。

今考えれば、スカート姿のナースはA病棟に1人もいない。誰が勝手に入り込んだのか知らないが、私は誰を見たのか謎のまま、それ以降は出てこなかった。近づいてくるとかいうヤツじゃなくて本当に良かった。

 

 

病院にしろ施設にしろ、コワイ体験というのは大なり小なりあると思う。全開だったのに振り向いたら閉まってるドアとか、人のいないトイレ内からコツコツ音がするとか。やめて静かにふんばってて。

そのあと別施設に転職してからは、幸いそういう体験はなくなった。やはり病院の方が出やすいのかもしれない。あまり使われていなかったものの、一応霊安室もあったことだし。

施設へ勤めだしてからは、徘徊する利用者の方が怖かった。

想像してみてほしい。緑色の誘導灯が薄ぼんやり光る中、廊下の突き当りで、真白いカーテンが人型に膨らんでいるのを。

ヒェッと固まっていると、それがもぞもぞ動いている。足はある、大丈夫オバケじゃない。

何となくアンパ○マンを歌いながら近づいてカーテンをめくると、飛び上がって驚く年寄りがそこにいた。

またある時は、真っ暗な食堂の椅子にただただ座っていた。

エントランスのソファに座っていたこともある。

台風が酷かったときには、「外からコンコンって音がするの、息子が帰ってきたから開けてやらなきゃ!」と窓を開けようとする。私は基本的に危なくなければ、気が済むまでやりたいことをやらせるタイプ。

だが、この時ばかりは全力で止めた。風の音だから!今日台風だから!このやりとりを3回ほど繰り返した。

 

生きている人間の方が怖いってのは本当なんだなぁ…と思いつつ、いや違う、多分こういう事じゃない、とすぐ我に返った。

恐怖体験は出来ればしたくないが、夜中に眠れず出てきてしまった年寄りとは、手を繋いで施設内を散歩してみたりする。

どうしても眠れないようなら、事務所にちょっといてもらい、一緒に取り止めの無い話をする。

体力的にしんどいので夜勤はなるべく控えたいが、私はこの夜中のおしゃべりが好きだった。

その人が何を考えているのか、どんな人なのかを知るには、一見トンチンカンな会話もとても重要な1つだ。彼・彼女らが何を大事にしているのか、今までどうやって生きてきたのか、何をしてきたのか。

昼間は忙しくてなかなか取れないコミュニケーションも、静かな夜であればじっくり話せる。

畑仕事をしていた年寄りは、「畑いかにゃ!取ってこにゃ!」と起きだしてきたりするから、私も手伝うよ~と手を繋いでぐるぐる歩く。

歩いているうちに何をしようとしていたかを忘れてしまうから、あとは「もうちょっと寝ようか」と布団に送っていく。

利用者を頭ごなしに否定するのではなく、無駄に見えるようなそういった対応と適応力も、介護に無くてはならないスキルだと思う。

 

 

そんなところで帰るコールがきたので、今日はこの辺で失礼します。

とりとめもなくダラダラ打つの、とても楽しい。